東京高等裁判所 昭和37年(う)2297号 判決
被告人 金井仁市
〔抄 録〕
所論は、本件横領の被害者即ち同横領金の所有者は内藤英雄と認められるのに、原判決は誤つて、これを清和組であると認定して居り、この事実誤認は被害感情等の面から判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄せらるべきである、と言うのである。
よつて記録を調査して按ずるに、本件金円は、被告人が内藤英雄から、清和組に支払うべき建築代金の一部として、清和組に渡すことを依頼されて、受取り保管中のものであつたことが明らかであり、被告人が右清和組の職員であつて右金円を受取るに際し、偶携帯していた清和組の領収書用紙を用いて同組名義の領収書を作成し、これを右内藤に交付した事実があるにしても、被告人に清和組のため右金円を受領する正当権限があつたとなし得る事由が発見されないのであるから、右金円は所論の如く、被告人がこれを清和組に渡すまでは、前記内藤の所有に属し、被告人が同人のためにこれを保管していたものと認めるを相当とする。されば原判決が、「被告人は――内藤英雄より――金五〇万円を株式会社清和組のために受領して保管中」と判示し、右金円は、被告人がこれを清和組のため受領し、その受領と同時に同組の所有に帰したかの如く表現したのは、事実誤認である、と言わなければならないが、横領罪の客体に関する認定は、それが犯人の占有する他人の物で、犯人の擅に領得処分するを得ない性質のものであることを認定すれば足り、必ずしもその客体の権利帰属関係までを明確にする必要はないのであるから、原判決が前述の如く判示して、右金円が被告人以外の者に帰属していて、これを被告人において擅に領得処分し得ない性質のものであることを明らかにしている以上、横領罪の判示として欠くるところがないのである。なお横領の被害者の誰であるかによつて犯人に対し抱く被害感情の強弱に幾分の差異あり得ることは所論のとおりであるが、本件の場合清和組の方が内藤英雄よりも被告人に対し温情的であつたことが窺われ、原判決に所論の如き事実誤認があるとしても、これにより量刑上被告人に不利な影響を及ぼすものでないことが明らかであるから、この事実誤認は判決に影響を及ぼすものでなく、所論は理由がない。
(兼平 斉藤 関谷)